昔の男

今日、昔の男を見た。
もうこの男と別れたのは何年も前で、男との思い出のある街を歩く時にたまに思い出すくらいで、決して探していたわけではないのに一瞬で気付いた。
男は渋谷の109のすぐ向かいの飲食店が詰め込まれたビルの隅っこで携帯をいじっていて、ひとりで下を向いていた。
ホストとかじゃないけれど、出で立ちからあの頃と同じ仕事をしているのだと一目で分かった。
経験のある人なら分かると思うけど、死ぬほどビックリした。
何も悪いことしてないのに心臓がバクバクした。本当に本当に死ぬほど驚いた。

 

私がこの男と知り合ったのは19歳の寒い3月のことで、その頃私は監禁先から逃げたばかりで手持ちのお金も帰る場所もなかった。
あれは深夜の1時頃のことで、終電を逃した若者やサラリーマンなんかと度々すれ違いながら、コンビニで選びに選んで、なけなしの金で買った温かいうどんが食べれる場所を探してた。
渋谷のUNIQLOが入ってる白いビルには外側からメトロに続く階段があって、終電を見送った後もエスカレーターの運転は止めれど天井の電灯は付いていて、止まったエスカレーターを冷やかす人もいないだろうと、そこに座ってうどんを啜った。
詰まらないナンパを無視した後、メトロから吐き出された酔った男が、止まったエスカレーターに登ってきた。甘い顔の男だった。それを分かってる男だった。何をしてるのって聞かれたからうどんを食べてるって答えた。俺にも頂戴と言うから言われるがまま半分こした。自分の心の寂しさにどっぷりはまっていくのが分かっていたけれど、どうしようも無かった。仕事も恋愛感もどうしようもない男だったけど、何も無い私はその男から仕事も貰った。振り返ってみてもロクでも無いと分かるけれど、後悔は何も無い。生きれたから。
あの時は虚しいとか考える暇もなく、学費をどうやって稼ぐか、どうやって家を借りるか、身分を証明するものが無くても保険証をどうにかして手に入れてやろうと毎日考えてた。その時の些細なことは苦労話だから脇に置いておくとして、とにかく生きるのに必死な時に私がうつつを抜かした男だった。
だから、その男を久しぶりに見て心底ビックリした。
あの時と違って私はスーツを着てきちんと働いてるぞと少し胸を張れる気がしたけど、声ももちろんかけなかった。
でも、お互いあの時より太っていてちょっと恥ずかしかった。
いっぱい酷いことをされたような気もするけど、幸せでいることが一番の復讐だなとも今は思う。
今日は仕事でヘトヘトだったから恋人と西新宿で待ち合わせた。夕飯を食べた後、新宿の街を手を繋いで散歩した。
付き合う前にキスをした思い出の場所があるんだけど、クリスマス前でイルミネーションも綺麗で、あの時と同じだななんて思いながら歩いてたら「このままここ過ぎちゃって良いですか」なんて聞くから「意地悪ですね」って腹を抱えて笑ったら、押し付けるようにキスしてくれたから全てどうでもよくなった。
19歳の頃よりブスで醜くなったけど、あの時より幸せだと思った。
歳を取るのは悪くない。たぶん。
一丁前に幸せになれるかもしれないななんて、強気なこと思ってる。
強く生きてやろう。自分が壊れない限り

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